第2回 写真に写せない日本の魅力 応募作品

1.加府藤 茂
平和の礎

日本は、天照大神という女の神様によって作られたので二千数百年の間 自ら纏まり、
平和が続いてきた、強大な外敵に対しては勇敢な精神を持ち、
これからも平和な世界を保ち続けていかねばならないと思う。
2.シュレスタ ビジャヤ
あなたが払っている税金と世界が見ている日本!
おばあちゃんが教えてくれた日本の親切!

税金のことでよく聞く言葉は「私たちが払っている税金は外国へばらまいている。」
と言う事です。一面で考えればそうかもしれない、そうでしょう………。

私が今ここに書きたい事は「何これ、なにを書いてる、誰でも知っていることじゃない」
と皆様は思っているでしょうけれど、そうですね 誰でも知っていることを
もっともっと伝えようとしているだけです。

私は外国人で自分が生まれた国ネパールを出て、今この「世界の日本」に
住んでいます。見る物、聞く事、食べ物、毎日の生活、教育、政治、全て違う、
この違うことをいつも比較して見るようになりました、それは私だけじゃなくて
日本にいる外国人は、皆自分なりに比べてみているでしょう。すばらしい日本を
見た人はこの国を愛すると思います。

今の時代Develope(先進国)とUndevelope(発展途上国)の差はその国の国民は
税金をどのように守っているか、あるいは国はどうやって管理しているかとの差だと
思います。

税金のおかげで日本は世界の色んな国々へ行って、その国に一番必要とする事を
やってあげている。 飲み水、農業、零細企業 そしてその国の人、村、町と国全体の
レベルアップする教育をしている、地球環境問題ちょっとでも減るように研究を進め、
世界の災害のある所へ一番最初に着く日本の援助。援助をもらってる人も誰かの
税金をもらっていると思っていないだろうし、同じように出す側もいちいち考えて
いないでしょう。ですけども皆様の納税が力となっています。私は今日本に働いて
いますけど自分なりにいつもより1円だけでも多い税金を払いたい、
その気持ちで頑張っています。

皆様は今出している税金は現在の事だけじゃなく、次の時代のための教育、
もっと言えば時代の歴史になっています。日本だけの歴史じゃない、その国その国の、
それぞれの歴史。日本とその国、その国の特別な物語、
それぞれの言葉で書かれている。

小さいころおばあちゃんが色んなお話を聞かせてくれました。むかしばなし、
おばあちゃんの小さいころのお話。戦争のお話、昔女の子は勉強をしてはいけない
お話などなど。中でも自分の印象に残った一つのお話。
81年前ネパールで大地震があって, その災害の被害者が多かったみたいです。
その時一つの国が被害者のために生地を安く出したかったみたいでした。
でもその時、港の問題があってその援助が実現できなかったみたいでした。
その時のその国は日本だと言う。
私はそのお話を聞いておばちゃんに聞いた「その日本ってどのへんですか?」
おばちゃんは言った「すごく遠い、いくつか海をこえていくところよ。」私の頭には
こんな遠いネパールまで援助できる国ってどんな国だろう?なぜできるんだろう 
こんな質問を重ねながら日本に興味を持つようになりました。

税金って世界の皆さんは自分の国で払っている、自分の所自分の国で払って
いるのに世界の国々とその国民は国々に対して順番をつけて見ている。
その順番はその国が世界に対して世界の平和のために、世界をゆたかにするために、
又は世界の環境のためにどれだけ貢献しているかで決められています。
その順番は世界に対しての評価として日本と皆様は尊敬されている。
日本にいるだけではその皆の気持ちはつたわらない、このことは外国行ったら
感じられると思います。

世界中200いくつか国の中でどこへ行っても「日本を知っていますか?」と聞けば
ほぼ100%の返事は「知っているだけではなくてピンポイントで日本の位置も
知っている」ことと思います。もちろんその理由がありますね。 
すごいでしょうあなたが払っている税金!!

自分が納めている税金が、外国とそこで暮らしている人たちの役に立っている事が
理解できれば自分が払っていることは無駄や無理をしているとは思えなくなるでしょう。
それよりもそのおかげで世界の人々から日本は平和の国、よい国、
すばらしい国として愛されていると思います。
ありがとう皆さん。

Note: この文章は私は毎日持ち歩いている電子辞書とパソコンで漢字を変換して、
それに日本語の文法は友人たちの協力をいただきました。まだ未熟ですが、
お許しください。
3.小口 弘子
「信州の春」
毎年 感動させられる信州の春は、
梅が水仙が桜が次々と咲きはじめ
花の里に変わっていきます。
都会よりも長い花の季節 木瓜の花が咲き
次に梅が咲き散り始めた所で桜が・・・
桜の次は山桜、藤や、杏にリンゴに桃と至る所で
花たちの競演が始まり山々も蓮華つつじに
ニッコウキスゲと高山植物も花の宴に加わります。
命の息吹を感じる雪国の春は都会とは違った趣があります。
寒く冷たい氷や雪の中でじっと耐え忍んできた
生き物が春の訪れで蠢き始め木々の芽ぶきが始まり
鳥たちの声が楽しげに聞こえ始め気が付けば
冬の渡り鳥たちは故郷に旅立ち
春の鳥たちが活発に木々の間を飛び交って、
嬉しそうな姿に見えてくるのが不思議です。

一年を通して一番美しい季節を
日本は今迎えようとしてます。
この春を迎えるために、人も生き物も、木々達も
寒い季節を堪え忍んでいるのかもしれません。
そんな季節の移ろいを大切にして行きたいものです。
4.加田 多佳子
この国に生まれて
           
(写真に写せない文章で伝える日本の魅力)
何があるんだろうと考えてみた。
伯耆大山、石鎚山(四国)、大峰山、富士山、二荒山(日光)、立山、白山、
彦山  山岳ルートで連なる日本列島
6〜7世紀に日本に儒教や仏教が入ってくるよりも、ずっと前から古代山伏が
山岳修行していた国、山に霊力が籠もる(こもる)を是とした文化を底に
持つ国、
自然の力をよく知っている国。
    山開き 崩れ崩れ場に 幣を立て

神仏習合 渡来の宗教も柔軟に受け入れジャパナイズ(Japanize)とでも云う
べき日本独自の形に転換ができて受け入れることのできる国

そして、克己(こっき)の精神を持つ国
五千円札でおなじみの、新渡戸 稲造がアメリカ滞在中、1899年に英文で
出版した “武士道”
この本のなかで日本人の克己の心(自分の感情、欲望、邪念に打ち勝つこと)
について、ひとりの母としての 加賀の千代 を例にあげている。
言っていることを私なりに現代文に訳してみると
「 蜻蛉つり 今日はどこまで 行ったやら 」の加賀の千代の句は、
死んでしまった我が子がもう、いないことの悲しみを我が子は 
いつものようにトンボ取りに出かけている、今日はどこまでいったやらと
自分の感情をコントロールしている。と述べている。
東日本大震災の時 幼い我が子を亡くした母を想い、どうか、この句のように、
気持を転換して悲しみを乗り越えられますように と私は祈った。

困難な時ほど笑顔になる日本人
外国人が驚く非常時の時に笑顔で秩序正しく行動できる日本人
それは外国人でなくても、当時被災地を訪れた、当の日本人でさえ逆に被災者
から励まされた経験を持つ。

  多くの悲しみを体験した人ほど大きな笑顔になれる
  悲しみは決して負の要因ではない
日本文化の非対称性
西洋の文化は対称性の文化です。生花とフラワーアレンジメントを比べれば
よく解る。上下左右、どこから見てもきれいに見えるように表現する
フラワーアレンジメントに対して、天と地(上下)に空間を配し、花と空間を
含めて美とする日本文化、これらは日本の建築、造園あらゆるものに見られる。
日本文化の非対称性は(ゆらぎ)に通じているのではないかしら。
(ゆらぎの科学)は、物理学など各分野で今重要視されている。

松岡 正剛さんがご著書のなかでアーノルド トインビーの言葉を
引用されている。
「あまりに厳密な対称性は危険な勢力を暗示する」そして古来、権力者は
対称性を好んできたことはよく知られている。と述べられている。

ずいぶん前になるけれどアメリカ人数人と方眼紙に左右対称の図形を製図して
キルト作品を作るワークショップに参加した時、ルーツをアフリカ大陸に持つ
一人のアメリカ人女性が「きれいだけれど、こんなにきっちりとした図形は
息苦しくなる」と言った。そして彼女はアフリカの自然をランダムに配した
図形を描いた。その絵に共感した私は、日本の美意識に近いのね、と思った。

今世界でアメリカに代表される西洋的価値観とそうでない価値観が衝突し、
あちら こちらで紛争が起きている。人種、宗教、文化で他を認めない戦いが
起き、人が人を殺し合っている。
日本は自国の文化、伝統をしっかり持った上で、他を受け入れ、調整する能力
がある、世界で仲介的役割が持てるのではないかしら。

海 海に囲まれた日本には国境がない、海からの覇権争いはあった(ある)に
しても陸地でのボーダー権争いに巻き込まれなかった幸せ。

国旗 日の丸
 日出ずる国 を表しているかのようにシンプルで美しい国旗 各国要人の
会議の場などで出席国の国旗が並ぶなか、日本の国旗にシンプルな潔さを
感じる。

と、ここまで私の頭のなかで、まとまりも無く考えを重ねてきて、これだけは
と思うことを少しだけ。

日本語は(主語)がなくても意味が通じます、誰が言っているのか、誰の意見
なのかを明らかに表示しなくても通じてしまう言語構造になっている。
  皆んなで渡れば怖くない
良い意味で使えば問題ないけれど、皆んな が誰なのかよく解っていないまま
(みこし)を担ぐ(かつぐ)とあぶない結果となることもある、

神を担いでいる神輿のように(主)を明確にしている場合は問題ないが、その
国の言語はその国の文化そのものなので、中庸で 中空の、受け入れる文化を
持っている日本は自分が担いでいるものの本質が何なのかを、はっきりと自覚
しないまま、皆んながそうだからと賛同してしまうかも知れない。
まして、日の丸をみこしの旗印にして、奥にある思想に気づかず皆んなで担ぎ
悲しい結果になるようなことは絶対にしてはならない。
(結果がどうなったのかは過去の歴史を見ればわかるでしょう 言わなくても
いいことだけど、若い世代はこの事を知らない)

国境がないということは、一般の日本人は自国のことだけ考えていれば成り
立ってゆけるので、目線、意識が内向きになりやすい、自国の中で 
まとまってしまいがち になる。
世界がボーダレスになっている今、外に向かって発信しないと(宝のもち
ぐされ)になる。内々でお互いに褒め合っているばかりでは成長がない。
海外に行った時、「あなたは中国人、韓国人?」と聞かれるのではなく、最初か
ら「あなたは日本人?」と聞かれることが多くなるよう私は望んでいます。
5.早野 哲生
言葉 ことのは
 日本という木に生い茂った葉っぱのいちよういちようが ことばなのです。
フランス語は世界で一番美しいとフランスの人は思います。
その話し声はきれいなメロディーに乗って聞こえてきます。
アフリカには すばらしいリズムを持った言葉が多いように思います。
英語は新しい言葉だけあって とても合理的です。
それが世界中で使われるのは 歴史的な覇権とか 政治的な理由だけでなく
いろんな文化や風習を越えて理解出来る 普遍性もあるからでしょう。

 ハリウッド映画の吹き替えをするとき 英語より日本語がはるかに音節が
多くて 同じ口の動きに納めるのがとても大変と聞きました。
そして 例えば「you」を表す単語だっていくつあるのでしょう。
日本語を学ぼうとする人達は きっと面倒くさい言葉だと感じるはずです。
それでもボクは 日本語こそが世界で一番魅力的だと信じています。
語学は苦手で ほとんど何も知らないのに そう確信できるのです。

 言葉の姿形かたちや能力ではなく その人間性に魅力があると思うのです。
世界中の言葉はみんな他の言葉の影響を受けたり取り入れたりして育ってきました。
日本語も やまとことばと 漢字の言葉やアジア ヨーロッパの言葉を取り込んで
表現する世界を広げてきました。言葉の量的な多さは時代とともにずいぶん
膨らみ変化しました。
けれど 言葉の中にある心の芯はずっと一本 まっすぐ続いています。

 一つのものや気持ちを表すのに いくつもの単語があったり 
フランス語のような男性名詞女性名詞といった種類の違いではなく、
おとこ おんな おとな こども 身分の上下 立場の違いそれぞれに 
たくさんの違った表現があります。
合理性とはかけ離れた言葉です。じゃ 複雑でわかり辛い?
確かに日本で育った人意外にはそうだと思います。
でも 文化や風習 この島の香りと共に過ごした時間が長くなり 
言葉が心に住み着けば その多様な豊かさを意識することで 
明日には別の話し方をしてみる自由を得ることができます。

 日本語を 世界中でいろんな文化の人たちが外国語として学ばれたら
一度は日本の魅力を肌に感じる旅に来てくださることを願います。
6.犬飼 久美子
自然の博覧会場 日本列島の魅力
地球で一番広い大陸を向こう岸に、 南北に北西に激しい海流の日本海がある。
厳しい日本海は多種の海の幸を育み、 厳しい大陸からの風はミネラルを運び、
土を肥やし植物を育む。
東に張り出した南北に細長い列島は地球で一番広い海原の太平洋に面して、
間口の広い貿易の玄関口となっている。
海岸の環境も、岩礁、干潟、遠浅、群島、海溝、深海、と異なる特徴を豊富に持つ。
山がちで南北に細長い列島は、同時期に異なる気象状況をまとい、
地域によって大きく異なる気候をもっている。
日本列島は、気候、気象、海、山、植物、動物、など、
「自然」と呼ばれているものの博覧会場である。
7.矢野 雄彦
“四季彩”ーしきさい
春を迎え、夏を迎え、秋を迎え、冬を迎え、再びの春。
私は、つい想ひを馳せてしまうのです。季節のみならず、
それぞれの方々の営みや、生き様の多様性・多彩さに。
日本列島の反対側では秋。大阪は春ですが、稚内や知床
あたりは節分。私達も含め自然の叡智が美しく、ありますように。
8.Sigemi Sasajima
「家」と「つとめ」そして 「今」
家を守る お家の為
家という場を中心に生きる文化が
今日では影を潜めてきている
家 は家長を中心とする会社であった
その中での女性の立場は
一 企業戦士だったように思う
嫁のつとめ
母のつとめ
姑のつとめ
血筋と愛情を基として
家の中の諸問題を悩みながらも
つとめ を果たすことを 第一義として生きていた
一家の後継者は宝であり
子供を育てることは
至上の使命と誇りとして生きていた
その使命をになった女性は
家 という企業戦士
♫母さんは夜なべをして 手袋編んでくれた〜♫
それは 当たり前の母の姿だった日
毎日毎日、家族の日々を支えてきた
おんな の つとめ
女性の価値観の変化
家 地域という 場 が見えにくくなった今
何処に 自分の 場 を見出していくか
年配者に生活の知恵を問う 場 を失いつつある今
如何に 子供達を そして 自分を育てるか
海に囲まれている日本が
情報という垣根を越えた今
大陸の国々と 同じ交流を迫られている今
日本人の「場」と 「つとめ」を
見つめて 聴いて 言葉にし
行いをする
新たな 時 が開いている